発見

【ホームステイ1】NICE TO MEET YOU!

1987年の夏の思い出です。記憶は断片的で記憶違いの可能性もあります。記事の内容で事実と違う事があれば、ぜひコメント下さい。

私は高校1年の夏休みに、ホームステイ目的でサンフランシスコに渡航した経験があります。通っていた学校の一環で希望者だけが参加出来るものでした。その頃の日本は景気が良くなり始めたばかりで、今ほど海外旅行はメジャーなものではありません。もちろん修学旅行も日本国内でしたし、一生に一度は海外に行ってみたいね!と夢見る人も多かったと思います。そのホームステイの日程はサンフランシスコで3週間、観光目的でロサンゼルスに3日間、ハワイに4日間と、計4週間の日程でした。

行く前の準備は、とても楽しかったです。学校の勉強で習う英語ではなく日常英会話を学んだり、パスポートの申請や向こうで必要な買い物、ホストファミリーとの文通など夢膨らむ準備をしていました。が、出発2日前位から不安が大きくなってきました。ホントに生活出来る?だいたい何を食べているの?英語が通じなかったらどうしよう・・・

今ほど海外の情報はありません。海外に行った事のある人に聞くか、テレビや本だけです。パソコンも携帯もないので、とても遠い国に感じました(実際遠いのですが)

当日、学校から皆で出発しますが その時は楽しみより不安と緊張の方が大きかったです。家族に心配かけてはいけないと思い、いつも以上に はしゃいでみたり元気に振る舞っていた記憶があります。成田に着き飛行機に乗った時は緊張度MAXでした 笑

国内便の飛行機には搭乗経験ありますが、国際便は初めて。ワクワクして乗ってみたら違いはありませんでした。当たり前ですね 笑

CA(当時はスチュワーデス)の皆さんが、とても綺麗で優しくて男性でなくても憧れの存在になりますよね。緊張もほぐれて、楽しくなって来ました。何時間位乗っていたかな?10時間位かな?時差もあるので正直覚えてませんが、機内食は夕食と朝食の2食。後は映画を見たり友達と会話をしたり、ただ眠れなかった!興奮してるせいか、寝ないと身体が保たないと分かっていても眠くならず、結局寝なかったと思います。

成田16時頃出発して、サンフランシスコ到着が同日8時頃だったと思います。感覚としては翌日の8時なんですけどね。タイムマシンで過去に遡った感覚です。時差は17時間なので日本は25時頃。私の体内時計も25時。俗に言うオール決定です 笑 その日はサンフランシスコ大学の寮で一泊しました。

翌日、いざ我らがお世話になるホストファミリーが住むリバーモア (Livermore)へ出発!その道中とても不思議なモノを目にしました。バスの中から左側の車道を上半身裸の男性がマウンテンバイクで走行し、右側の歩道ではミンクの毛皮のコートのマダムが歩いてます。温度感が全く分からないのです。隣にいた仲間に「見て見て!」と教えたらゲラゲラ笑い始めて「どっち?」と2人で大爆笑しました。予備知識で寒暖差が激しい。とか、夜はニットで丁度いい。とか。日本の夏しか知らない私は言ってる意味も分からず、いざその光景を目にしたら笑いしかありませんでした。カルチャーショックです。

昼過ぎにファミリーと対面しました。私はTyler一家でお世話になります。お父さんとお母さん、お兄ちゃんと妹の4人家族。お父さんは体格も良く優しそうな感じ、お母さんもジブリで出てきそうな暖かい人、2人の兄妹は少し照れ屋で私を歓迎してくれました。

初日は、とにかく緊張の連続でした。文通していたとは言え会うのは初めて。やっとの思いで「NICE TO MEET YOU!」と言っても、その100倍位の歓迎の言葉を頂きました。すでに勢い負けです。聞き取れない英語で促されて「さぁ車に乗って!私達の家に行きましょう!」と、言っていました(たぶん・・・)。

ここから怒涛の3週間が始まります。私のお守りは英和辞書です。「good morning」から「good night」まで、片時も辞書を手放せんでした。もはやサバイバルな感覚です 笑

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satchon
当ブログにご訪問頂きありがとうございます。 自由に生きたい!本気で切実に願うアラフィフオンナ(^‐^)vです。 25年間 大手飲食店で勤務してきた経験や、日常の些細な事を気ままに語る雑記ブログです。

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