さっちょんの部屋

初アルバイト☆

憧れていたアルバイト

皆さんは学生時代にアルバイトの経験はありますか?私は高校に入ってしばらくしてからパン屋さんでバイトを始めました。

私が中学生の時から親に「高校に入ったらバイトしたい」と希望してました。私の兄妹は高校時代焼肉屋さんでコッソリバイトをしていたらしく、父親に見つかった時に烈火の如く怒られたそうです。私は辞めさせられたくなかったし、怒られるのも嫌だったので最初から許しを頂く姿勢を取りました。今では履歴書や同意書が必要ですが、当時は履歴書すら無くても働けたので驚きですよね。

中学・高校の私立の女子校に通ってました。家から電車と徒歩で約1時間位かけて通学。今はどうか知りませんが、当時はバイトが禁止で見つかったら停学だったはず。でも数人は学校に内緒で働いてました。幸いにも私の住む街に学校の先生はいなかったので、バレる心配もなし!と安易な気持ちで考えていました。

最初は、お洒落で楽しくて何なら同世代の男の子と仲良くなれたらいいな!なんて考えていた私でした。ちょうどその頃、近くにドライブスルーのあるマクドナルドがグランドオープンして、店の前に「新規クルー募集!」と貼り出していたのを見つけて、ここが良い!と母に言ったら「ダメ」の一言。何回も話を持ちかけたのですが「そんなにバイトしたいなら、商店街のパン屋さんが募集してたよ」と母の一声で決まりました。

お金を稼ぐって大変

私は店長に嫌われていました。事実かどうか不明ですが、私の動物的感がそう判断しました。原因は分かりませんが、きっと私が子供だったのだと思います。考えずに何でも聞いて、覚える努力が足りなかったんじゃないか、と反省があります。

私の持ち場はレジ。商品の名前と金額を覚えて、食パンはお客様の好みの厚さにスライサーを使って切る。もちろんレジ操作やお金の扱いも出来るようになる。閉店が近くなったら棚と床の掃き掃除。これが一連の仕事内容です。きっと覚えの悪いバイトだな、と思っていたのかもしれません。

私は根っからの負けず嫌い。この店長に私が必要だと思ってくれるまで絶対辞めない!と固く心に決めて働いていました。店長は当時40代位の女性で、スッタフからは「奥さん」と呼ばれていました。不思議ですよね。なぜ奥さんと呼ばれているかは聞かなかったので知りません。店長の他に女性スタッフが数人で店を運営してました。そうココでも女性に囲まれた環境でした 泣

継続は力なり

初めて半年位経った頃、初めて店長が私に頼み事をしてきました。些細な仕事を振られたのですが、ビックリと嬉しさでテンションが上った事を覚えてます。今までは私がやった仕事を重箱の角を突くようなチェックの仕方だったのに「これも頼みたいんだけど良い?」と言われたんです。元気に「はい!」って言っちゃいますよね 笑

認められるって こんなに嬉しいんだ。よし もっと頑張ろう!と邁進の気持ちと、ミッション・コンプリートだな いつ辞めても悔いはない。の停滞の気持ちが半々でした。でも私は不器用な人間で新しくバイトを始めても要領を掴むのに時間がかかるかも?と思って約2年、バイトを続けてました。

始めた頃(1987年)の時給は¥680。時代を感じますね 笑

辞める頃(1989年)の時給は¥700だった気がします。

日本がバブル期の時代です。私達学生には余り影響は無かったものの、欲しいものは全て高かった印象です。大人たちは景気もよく「お金」の話題が多かった時代です。

お金を稼ぐ事の大変さは学生の時に知って良かったと思っています。特に世の中の価値とはズレていた時給で働く苦労は何となく身体で覚えたと感じてます。自分の価値がお金で換算は出来ないのですが、稼ぐ尊さは身を持って体験出来ました。学校では教えてくれない「課外授業」の感覚でしょうか。また「続ける」事の重要性も知りました。信頼関係の根本ですよね。本当に良い経験でした。

私は学生時代のアルバイトは強く推奨します。出来る環境の学生は是非やってほしいです。

ABOUT ME
satchon
当ブログにご訪問頂きありがとうございます。 自由に生きたい!本気で切実に願うアラフィフオンナ(^‐^)vです。 25年間 大手飲食店で勤務してきた経験や、日常の些細な事を気ままに語る雑記ブログです。

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